熊野御前

2014年5月 6日 (火)

熊野(ゆや)御前ゆかりの長藤(2)

熊野御前の命日とされる5月3日には熊野御前供養祭が行われます。

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そして、この日参列したのは、磐田のマスコットキャラクターのしっぺいくん

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この後、お琴の演奏が行われました。

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2014年5月 4日 (日)

熊野(ゆや)御前ゆかりの長藤(1)

今年も熊野の長藤を見に出かけて来ました。

まずは、「池田の渡し歴史風景館」で説明を読んで、歴史的背景を頭に入れます。
(毎年同じことの繰り返しですが(^_^;))

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行興寺に到着。

「熊野の長藤」は、磐田市池田の行興寺にあり、平安時代、平宗盛に寵愛された熊野御前が植えたとされる推定樹齢800年以上を数える長藤で、国の天然記念物にも指定されています。

この長藤の開花期間の4月下旬から5月上旬にかけて催される、「池田・熊野の長藤まつり」では、能舞台での各種イベントや、池田の渡船の再現、屋台の曳き回しなどがあります。

渡船の再現

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昔はこのような舟で渡しが行われていたのですね。

顔出し看板
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さて、ここ行興寺の長藤にゆかりのある熊野(ゆや)御前平宗盛についてですが、謡曲「熊野」と行興寺の説明をご覧ください。

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謡曲「熊野」と行興寺

遠江国池田の宿の長 熊野は、平宗盛(清盛の次男)の寵愛を受け、京都清水の桜見物に出掛けます。
熊野は病母から届いた手紙で見舞いに赴きたいと思い、宗盛に暇を乞いましたが聞きいれられず、やむなく宗盛に同行しました。
花の下の酒宴が始まり舞を舞った熊野は、俄かの村雨に散る花に寄せて、故郷の病母を気遣い
  
 いかにせん都の春も惜しけれど
         馴れし東の花や散るらん と

和歌を詠んだのを見て、宗盛も哀れに思い暇を与えたのです。
熊野はこれも清水観音のご利生と喜んで故郷へ帰って行きました。熊野は藤の花をこよなく愛し、行興寺本堂側に熊野が植えたと伝えられる老木あり、「熊野の長フジ」と称せられています。
                  
          謡曲史跡保存会

熊野御前                              熊野御前花見

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熊野の長藤
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 熊野の長フジ 国指定天然記念物一本、県指定天然記念物五本

  国指定樹は、境内西北隅に位置し、幹は根元より分かれて二支幹となっている。根元で約1.8㍍もある。
  本堂前の境内地にある五本のフジは県指定樹であるが、国指定に劣らないフジの巨木である。ともに、樹齢は定かでないが老木であることは間違いない。
  花房が1㍍以上にも伸びて 紫色の美しい花をつける。一般的には「熊野の長フジ」と呼ばれている。そのいわれは、平安時代の終わりごろ、熊野御前が植えたとの伝承がある。熊野御前については謡曲熊野や平家物語にも登場する。親孝行で有名な美女である。
                                                                                                            

平成十八年三月 磐田市教育委員会

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例年より人出が少ないかな?と思ったら・・・

今年はすでに見頃を過ぎ、入口付近は色が褪せていました(-_-;)

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が、中に進んで行くと、まだ色の綺麗なところも残っていました。!(^^)!

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遍照山西法寺跡
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遍照山西法寺跡
 
 ここには『遍照山西法寺(へんしょうざんさいほうじ)』という寺院がありました。西法寺は、今から約770年前の鎌倉時代の貞永年間(1232年)に創立された真言寺院で、本寺は高野山普門院、本尊は不動明王でした。真言宗は平安時代に空海(弘法大師)によって開かれたもので、遠州では袋井市の法多山、油山寺、磐田市の医王寺、浜北市の岩水寺、浜松市の鴨江寺、龍禅寺。三ヶ日町の摩訶耶寺などがあり、いずれも古い時代より続く大きな寺院です。
 豊田町の寺院も多くは真言宗により創立されました。しかし、鎌倉時代に広がった新仏教は、奈良・平安時代以来の貴族中心の信仰から庶民信仰の仏教へと大きく変化し、その流れの中で、町内寺院もほとんどが曹洞宗と時宗に改宗されました。江戸時代に書かれた『遠淡海地志(とおとうみちし)』によれば、この時代の町内四二カ寺のうち、曹洞宗三九、時宗二で、真言宗は西法寺の一カ寺のみとなっています。おそらく、西法寺は、鎌倉時代に広がった庶民仏教とは一線を画し、武士層など比較的経済的に恵まれた人々の信仰を集めていた寺院だったのではないでしょうか、現在では、お寺は浜松市に移り、五戸の檀家衆のうち豊田町内三戸の檀家衆によって法灯が守られています。

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(次に続く)

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2013年5月10日 (金)

熊野の長藤2013

5年ぶりに熊野の長藤を見に出かけて来ました。

着いた途端に熊野御前の屋台の引き回しが行われていました。

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今年は既に見ごろを過ぎており、ところどころ色が変色し始めていました。

それでも、青空の下、見事に房をつけた藤を一目見ようとする人々で満員!

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一、当寺は今より八百年の昔、延久元年(1069)の創建にて、謡曲で有名な、熊野御前の旧跡であります。
一、当寺には、熊野御前の守本尊厄除十一面観世音(恵心僧都御作)熊野御前とその母、次女朝顔の墳墓がそのまま昔を物語っております。
一、毎年四月二十九日より五月五日まで熊野御前の例祭を執り行います。
一、境内にはその昔、熊野御前が堂側に植えて愛育された藤であると、称される紫房五尺以上に垂るる五百坪に余る藤があり、昭和七年(1932)文化庁より「熊野の長藤」として天然記念物に指定されました。身頃は、年により相違がありますが、平年四月下旬から五月上旬であります。
一、謡曲「熊野」奉納の方には、寺則により謡曲奉納の証印を押印いたします。

         旧跡 熊野寺

熊野と母の墓

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        謡曲「熊野」と行興寺

遠江国池田の宿の長 熊野は、平宗盛(清盛の次男)の寵愛を受け、京都清水の桜見物に出掛けます。
熊野は病母から届いた手紙で見舞いに赴きたいと思い、宗盛に暇を乞いましたが聞きいれられず、やむなく宗盛に同行しました。
花の下の酒宴が始まり舞を舞った熊野は、俄かの村雨に散る花に寄せて、故郷の病母を気遣い
  
 いかにせん都の春も惜しけれど
         馴れし東の花や散るらん と

和歌を詠んだのを見て、宗盛も哀れに思い暇を与えたのです。
熊野はこれも清水観音のご利生と喜んで故郷へ帰って行きました。熊野は藤の花をこよなく愛し、行興寺本堂側に熊野が植えたと伝えられる老木あり、「熊野の長フジ」と称せられています。
                  
          謡曲史跡保存会

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  熊野の長藤

 国指定天然記念物  一本
  県指定天然記念物  五本
 

国指定樹は、境内西北隅に位置し、幹は根元より分かれて二支幹となっている。根元で約1,8mもある。  本堂前の境内地にある5本のフジは県指定樹であるが、国指定に劣らないフジの巨木である。ともに樹齢は定かでないが老木であるこ 花房が1m以上にも伸びて、紫色の美しい花をつける。一般的には「熊野の長フジ」と呼ばれている。そのいわれは、平安時代の終わりごろ、熊野御前が植えたという伝承がある。熊野御前については謡曲「熊野」や「平家物語」にも登場する、親孝行で有名な美女である。
        

        平成十八年三月   磐田市教育委員会

行興寺の北側には、遍照山西法寺跡の碑があります。

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ここには、遍照山西法寺という寺院がありました。貞永年間に真言宗として創立。
本寺は、高野山善門院、本尊は不動明王。

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ここにも藤棚は続き、その下でお弁当を食べる家族連れの姿も

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広場の正面には、能舞台があり、琴などの演奏も行われます。

帰りは天竜川の河川敷沿いを通って

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お土産に長藤もちを買って帰りました。

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お餅の中に、白餡とブルーベリージャムが入っていて、凍らせて食べるても美味しいです!

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