曾我兄弟

高野山を訪ねて(17)奥之院 曾我兄弟の供養塔

高野山の記事に戻ります。
昨年秋に訪ねた奥之院の曾我兄弟の供養塔です。
 
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曾我兄弟の仇討ちは、建久4年5月28日(1193年6月28日)、源頼朝が行った富士の巻狩りの際、現在の富士宮市上井出の地で、曾我祐成と曾我時致の兄弟が父親の仇である工藤祐経を討った事件で、赤穂浪士の討ち入りと伊賀越えの仇討ちに並ぶ、日本三大仇討ちの一つに挙げられます。

事件は伊豆にある工藤祐経の領地をめぐる工藤祐経と曽我兄弟の祖父・伊東祐親の所領争いに始まり、伊東祐親の嫡子である曽我兄弟の父・伊東祐泰が工藤祐経によって殺されたことに始まり、成長した曽我兄弟が、兄の十郎が22歳、弟の五郎が20歳の時、仇討ちを遂げました。
兄はその場で討ち取られ、弟は捕縛されて鎌倉へ護送される途中、鷹ヶ岡で首を刎ねられました。

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曽我兄弟の史跡(8)曽我寺

建久4年(1193)源頼朝が、富士の巻狩りを催した折、曽我兄弟は、頼朝の寵臣になっていた父の仇である工藤祐経を討ち取りました。
兄の十郎はその場で討たれてしまいましたが、弟の五郎は、頼朝の宿所にめざしましたが、頼朝の側近に捕えられました。
翌日尋問が行われます。頼朝は五郎が勇気ある武士だということで助命を考えましたが、祐経の遺児の嘆願により処刑されました。

一説には、単なる仇討ではなく、背後には北条時政など政治的な背景があり、兄弟が頼朝の命を狙っていたともいわれています。

身延線入山瀬駅から徒歩5分の鷹岳山・曽我寺には、曽我兄弟の墓、位牌、木像があります。

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山門をくぐるとすぐに身代わり地蔵尊

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参道左手に文殊菩薩像

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右手には、三体の地蔵像『一念』『兄弟愛』『親を思う心』が並んでいます。

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曽我兄弟の墓所

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曽我兄弟の像

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本堂

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薬師如来と虎御前の由来の碑

十郎の愛人・虎御前が弘法大師作と謂われる薬師如来を生涯供養したとことで、770余年前の遺志を継ぎ、新たに薬師如来を安置し祀ったとあります。

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この他にも、曽我兄弟の史跡は点在していて、「五郎首洗い井戸」もあるそうですが、時間切れになりました。

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曽我兄弟の史跡(7)玉渡神社

富士市厚原に鎮座する玉渡神社。

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兄の曽我十郎の恋人、虎御前が、兄弟の供養のため、終焉の地・井出の里に向かう途中、この祠で休んでいたところ、夜中にふと目をさますと、曽我寺の辺りから、二つの火の玉が飛んできて、虎御前の前まで来ると消えてしまいました。それが、兄弟の魂だと確信した彼女は、その夜から七日七晩、この祠で念仏を唱え、兄弟の冥福を祈りました。

そのけなげな姿を見た地元の人々が、虎御前の死後、当社を建立し、虎御前の冥福を祈ったといいます。

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曽我兄弟の史跡(6)曽我八幡宮(厚原)

曾我兄弟の仇討ちの舞台の地である県内各地に点在し、厚原にも曽我八幡宮があります。
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こちらは2010年に改修工事が行われたそうです。

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曽我兄弟の父が、工藤祐経に討たれたときは、兄は5歳、弟は3歳だったといいます。

境内には、幼い兄弟がいつか親の仇をとろうと誓い合う像が立っています。

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幼い兄弟の像が愛らしいだけに、悲しみを誘います。

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曽我兄弟の史跡(5)曽我兄弟霊地

曽我八幡宮の東側、この階段をのぼったところに曽我兄弟の墓があります。

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この近くに新田四郎忠常の陣所が置かれ、その辺りで兄の十郎祐成が討たれたといわれています。

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建久四年一一九三年右大将源頼朝富士之巻狩 を行いし時幕臣仁田四郎忠常の陣屋の所在地 にして曽我兄弟が怨敵工藤祐経を討ち果した る後餘勢を馳りて寄せ手を斬り払いつゝ拾町 余を走りしに終に精魂に盡きて祐成が仁田の為に討たれた所なりと伝ふ。後人二孤が孝烈 を追慕し霊峯を眺むるこの丘上に碑を建てそ の遺影を偲ばんとするものなり。
昭和四十一年五月二十七日 氏子中

曽我兄弟の墓はこの他にもあります。

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曽我兄弟の史跡(4)曽我八幡宮(上井出)

富士宮市上井出に鎮座する曽我八幡宮。

社伝によると、頼朝が曽我兄弟の孝心に感じ、兄弟の英霊魂を祀るよう畠山重忠を遣わし、建久8年(1197)上原の住人渡辺主水に命じて祀らせたと伝えています。
この地は新田四郎忠常の陣所の近く、十郎佑成が討たれた所だと言い伝えられています。
主祭神は応神天皇。相殿として曽我兄弟が祀られています。
応神天皇の尊像は、頼朝の命によって文覚が刻んだものといわれる騎馬像で、兄弟の像は丹波法眼によって刻ませた像とも伝えています。

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曽我兄弟の史跡(2)曽我の隠れ岩

忠臣蔵、伊賀越えの仇討ちと共に、日本三大仇討ちに数えられる「 曾我兄弟の仇討ち」ゆかりの史跡が、音止の滝の東側にあります。

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曽我の隠れ岩の由来

曽我兄弟(兄十郎祐成、弟五郎時 致)の父河津三郎祐泰は、領地争い により伊豆で工藤祐経に暗殺されま した。兄弟は、武士道の面目にかけ 仇討ちを念願し、建久4年(1193年)富 士の巻狩に参加していた工藤祐経を ついにこの地で討つことができまし た。このとき兄弟は、この岩に隠れ 仇討ちの密談をしたといわれていま す。なお、西方に、密談の祭、滝の 音が止んだといわれる音止の滝、東方に、工藤祐経の墓があります。

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曽我兄弟の史跡(1)音止めの滝

白糸の滝とは違って、音止めの滝は、水量が多く、ダイナミックな滝です。

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音止めの滝

高さ約二五メートル、幅五メートル
水量は富士山への積雪、上流部への降水量等により大きく左右されます。
この滝の名前の由来は、建人四年五月二十八日(約八百年前)曾我の五郎、十郎兄弟が父、河津三郎祐泰を工藤祐経に殺された仇を富士の巻き狩りのさいに討とうと考えて祐経の陣屋近くの隠れ岩で相談したさい、近くの滝の音があまりにもうるさくて密談しにくいことを神に呟いたところ、滝の音がピタリと止まり、無事討ち入りの相談ができました。それ以来「音止の滝」とよばれるようになったとの伝説からきています。

近くには、曽我兄弟にちなんだ曽我橋もあります。

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