平時子(二位尼)

2015年12月20日 (日)

赤間神宮(3)平家一門の墓(七盛塚)

壇ノ浦の戦いで敗れた平家一門の墓(供養塔)が赤間神宮の境内にあります。

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この墓は、1185年の壇ノ浦の合戦から400年経った1600年頃に建てられたといわれています。
平家が滅亡して以来ずっと、関門海峡では海難事故が頻発し、「平家の怨霊」の仕業ではないかと恐れられていました。そこで、下関近辺に散在していた墓標をこの地に集めて供養するために建てられたともいわれています。

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以下14名の供養塔が並び、名前に「盛」字の付く者が多いことから「七盛塚」とも呼ばれています。

左近衛少将有盛
左近衛中将清経
右近衛中将資盛
副将能登守教経
参議修理大夫経盛
大将中納言知盛
参議中納言教盛
伊賀平内左衛門家長
上総五郎兵衛忠光
飛騨三郎左衛門景経
飛騨四郎兵衛景俊
越中次郎兵衛盛継
丹後守侍従忠房
従二位尼時子

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                       二位尼時子

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ここは、現在パワースポットとしても有名だそうです。

10年前に来た時も思いましたが、たしかに他とは違う空気を感じます。

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2014年1月31日 (金)

二位尼・安徳天皇を祀る三翁神社

厳島神社の裏手に鎮座する三翁神社

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明治以前は、山王社といわれていました。

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祭神は、

中央殿に佐伯鞍職・所翁・岩木翁・安徳天皇二位尼・大綿津見命

左殿に大巳貴命・猿田彦神

右殿に御子内侍竹林内侍・徳寿内侍各祖神
をお祀りしてあります。

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清盛も清盛神社が創建されるまでは三翁神社にお祀りされていました。

毎年10月23日にお祭りがあり、舞楽が奉奏されます。

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2014年1月 7日 (火)

二位尼の石燈籠

宮島桟橋から海岸沿いを歩いて行きます。

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宮島桟橋から嚴島神社にかけての浜辺は、有之浦と呼ばれ、その昔ここから後白河上皇や高倉天皇らの船が出入りしたといいます。

また壇ノ浦で入水した清盛の妻・平時子(二位尼)の遺体が打ち上げられたという伝説が残っています。

二位尼の石燈籠
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夕暮れの有之浦
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特別史跡 特別名勝 厳島

厳島(宮島)は周囲30km、全島花こう岩からできている。島の最高峰 彌山(みせん)は530m 頂上からの内海の眺めはすばらしい。これを中心にいくたの峰・渓谷を生じ、海岸線は変化に富んでいる。彌山山頂を含む地域は原始林として天然記念物に指定されており、樹種がはなはだ多いので、ここを住みかとしている鳥獣の種類も少なくない。
いつくしまの呼び名は、神をいつきまつる島、に由来するといわれており、古くは、島そのものが神として崇拝されたもので、厳島神社に対する、平清盛一門の信仰は名高く、海に浮かぶ社殿の構想もこの時にはじまる。ひはだぶき、朱塗の社殿が緑の山を背負い、おだやかな海にのぞむ景色は自然と人工のすぐれた調和美をなし日本三景のひとつと賞せられてきた。大鳥居・社殿・平家納経などをはじめ国宝・重要文化財が少なくない。また付近には毛利元就と陶晴賢の古戦場など史跡と富んでいる。

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