近衛天皇

2014年6月 3日 (火)

近衛天皇ゆかりの尾道の持光寺

続いて尾道

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尾道駅から、土日祝に運行される尾道のレトロバス・好きっぷライン(一日500円乗り放題)に乗車し、林芙美子像前で下車。

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このレトロ感がたまらなく良い感じ

芙美子像

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そして、通りを渡って、階段を登りますと参道に出ます。
(駅から歩いても行けますが)

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二階井戸

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坂の多い尾道ならではの工夫が見えますね。


持光寺は、承和年間(834~848年)、慈覚大師により天台宗の寺として草創されました。
永徳2年(1832年)浄土弘伝の沙門善空頓了上人により浄土宗の寺に中興改宗され、以来京都東山・禅林寺(永観堂)の末寺となります。

鳥羽法皇の命により、愛する御子・近衛天皇のご息災を祈願して作られた国宝・絹本著色 普賢延命像(1153年)が伝わっています。
一度拝むと寿命が延びるといわれています。

延命門

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持光寺裏山の日輪山より切り出された36枚の花崗岩で出来た大石門で、門をくぐると、巨石より発するパワーにより寿命増長されるといわれています。

にぎり仏

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本堂

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本堂から阿弥陀様を拝むことができました。

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日輪山 五劫院 持光寺

当寺は承和年間(834年~848年)、伝教大師の高弟持光上人により、天台宗の寺として草創され、寺号は日輪山天禅寺と号し本尊は立像・聖観世音菩薩の霊像でありました。
この天台宗時代の寺宝も数点伝わり、中でも絹本着色・普賢延命菩薩像は「延命像仁平三年四月廿一日供養(1153)と銘が記されており、この仏画は「保元・平治の乱」の直前・鳥羽法皇の御宇、最愛の御子・近衛天皇の御息災を祈願された尊像であり現在「国宝」に指定されております。
南北朝、足利三代将軍義満の時、永徳2年(1382)浄土弘伝の沙門善空頓了上人により本尊、立像・来迎の阿弥陀如来を迎え浄土宗に改宗される。寺号も日輪山金剛台院持光寺と改め、京都東山の永観堂・浄土宗西山禅林寺末寺となる。
移って元禄15年(1702)徳川五代将軍綱吉の時、当山第29世中興直空上人の願主により、大仏師法橋安清の手になる五劫思惟の阿弥陀如来を迎え院号も五劫院と改める、以来常行念仏の声今に絶えない。
現に本堂の須弥壇上に安置され霊験極めてあらたかにして、一度この尊像を拝み奉り後極楽往生を願うれば安養九品の浄土に至らんこと何の疑いもなし

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