浄瑠璃姫

浄瑠璃姫と義経

昨年秋、久しぶりに鳳来寺に行ったので、浄瑠璃姫と義経」の彫像のところまで行ってみました。

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平成8(1996)年3月に整備され、彫像は、鈴木武右衛門氏によるものです。


義経                   浄瑠璃姫
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数年前に見たときも思ったのですが、あまりに芸術的過ぎて、理解できなかったのですが、この苦しみもがいている様子が、二人の悲恋を表しているのでしょうか。


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浄瑠璃姫と義経  

 平家が都で全盛を誇っていたころ、岡崎の近くの矢作の里に、兼高長者という金持ちの権力者が住んでいました。長者には、鳳来寺のお薬師様に祈願して生まれた、浄瑠璃姫という美しい一人娘がありました。
 姫が15歳の春、平家の目を逃れ、藤原氏を頼って奥州へ向かう義経が、源氏とつながりのある兼高長者の家に泊まりました。姫と義経は愛し合うようになりましたが、義経はいつまでもいることはできません。
 「半年たったら、鳳来寺の千寿峰(せんじゅがみね)で私を待て」と言った義経の言葉を信じて、姫は乳母とともに千寿峰に来て、麓の笹谷(ささだに)に庵をつくって住みました。ある日、義経が通るといううわさを聞き、往来まで出て道行く人にたずねると、もう義経は通り過ぎてしまったということでした。悲しんだ姫は庵のほとりで自害してはかない一生を終えました。
 今も千寿峰の西の山の中に、浄瑠璃姫をまつる祠があります。(案内板より)

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浄瑠璃姫の伝説を追って(12)浄瑠璃姫の墓と吹き上げの六本松

蒲原の新栄六本松公園の北側に、浄瑠璃姫の墓浄瑠璃姫の碑吹き上げの六本松があります。

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浄瑠璃姫は、義経を追ってここまで来ましたが、力尽きてここ吹き上げの浜で亡くなったといいます。
里人は浄瑠璃姫を哀れんで丁重に葬り、塚の上に目印として松を6本植えたと伝えられています。

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浄瑠璃姫の碑・吹き上げの六本松

浄瑠璃姫に関する伝説はいくつかあり、そのひとつがここ蒲原町に残っています。
浄瑠璃姫の碑には、恋い慕う義経を追ってきた三河国矢作の浄瑠璃姫が、吹き上げの浜で疲れ果てて亡くなったと記されいます。
天正時代の頃(1580年)に小野於通(おのおつう)という女性によりまとめ上げられた「浄瑠璃十二段草子」という本には、里人によって吹き上げ浜に追われた瀕死の義経が、浄瑠璃姫の涙の雫により甦ったという筋書きになっています。
それに節をつけて語ったものが人気を呼び、「浄瑠璃」という江戸時代の代表的な芸能に発展していきました。
 吹き上げの六本松 吹き上げの六本松は、浄瑠璃姫を葬った里人が姫を哀れんで植えたとも、塚の上に目印として植えられたとも言われています。やがて、大きな木に成長すると東海道を渡る旅人の目印となったと「東海道名所図解」に示されています。
永禄12年(1559年)12月、蒲原城が武田軍により落城した時、この六本松の辺りに本陣を置いて勝ち鬨を挙げたことが「甲陽軍艦」に記されています。 静岡市

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浄瑠璃姫の伝説を追って(10)浄瑠璃姫の位牌が伝わる蒲原の光蓮寺

熱海の帰りに、東海道本線「新蒲原駅」より徒歩15分ほどのところにある光蓮寺に向かいました。

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光蓮寺は1620(元和6)年に開山した浄瑠璃姫を供養するお寺です。

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境内にある浄瑠璃姫の壁画
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浄瑠璃姫の供養を行っていたのは、もとは慶徳寺というお寺でしたが、慶徳寺から浄瑠璃姫の位牌を引き継いだのが光蓮寺なのだそうです。

浄瑠璃姫は、奥州に向かった義経を追いかけ、富士川のあたりまで来たのですが、蒲原の地で命を落としてしまいます。

光蓮寺には、浄瑠璃姫の位牌があります。

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岩佐又兵衛の「浄瑠璃物語絵巻」

10月上旬、熱海のMOA美術館で開催された岩佐又兵衛の「豊国祭礼図屏風」と「浄瑠璃物語絵巻」という展示会へ出掛けて来ました。

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岩佐又兵衛といえば、今年のNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」でも一躍有名になった黒田官兵衛を有岡城に幽閉した荒木村重の子どもで、落城の際、城の残された荒木一族・郎党は惨殺されましたが、幼子であった又兵衛は乳母に救い出され、京都の本願派寺院あるいは石山本願寺に保護されました。
成人した又兵衛は母方の岩佐姓を名乗り、信長の息子織田信雄に近習小姓役として仕え、信雄の改易後は「勝以」と改名し、京で絵師の修業を積んだといいます。

この又兵衛の作品の一つに「浄瑠璃物語絵巻」があり、義経浄瑠璃姫の物語が描かれています。

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展示会場まで、この近未来的なエスカレーターに乗って行きます。

色も少しずつ変わっていくのですよ。

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円形ホール
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まるでUFOのようですね(@_@;)

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いったいいくつのエスカレーターに乗り換えるのでしょう? 両サイドに上下1基ずつ、計14基、総延長は約200m、高低差は約60にも及ぶそうです。

ようやく本館展示場のフロアーへ

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今回は、岩佐又兵衛の三大絵巻を同時公開ということで、前々から楽しみにしていました。

展覧会は、もちろん撮影禁止なので、私が事前に購入したMOA美術館所蔵「岩佐又兵衛作品集」から何場面が紹介します。

『浄瑠璃物語』

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奥州へ下る牛若と三河矢矧の長者の娘浄瑠璃との悲恋物語。

15歳の春、鞍馬を出た牛若は奥州を目指す。

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浄瑠璃姫と出会い、恋に落ちる牛若

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しかし、先を急がなければならない牛若は、浄瑠璃姫と別れる。
その悲しさと旅の疲れからか、牛若は病に。

源氏に伝わる宝物が、大蛇、白鳩、烏、小童に姿を変え、牛若を守る。

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後に浄瑠璃姫を再会した牛若は、平家討伐の暁には、浄瑠璃姫を北政所にすることを約し、大天狗・小天狗に姫を送り届けるように頼む。

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といった展開で進んでいきます。

又兵衛の絵は、愛と復讐の物語というテーマで、凄惨な合戦場面や惨酷な殺戮場面が描かれている点が共通しています。

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浄瑠璃姫伝説を追って(9)本願寺三河別院の観月遺跡

本願寺三河別院は、浄瑠璃姫が観月の宴に興じたところとされ、姫の死後、侍女・更科がここに草庵を営んで菩提を弔ったといいます。

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境内には観月遺跡と更科の墓と伝わる供養塔があります。

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浄瑠璃姫伝説を追って(8)誓願寺

兼高長者は、身を投げた浄瑠璃姫誓願寺に葬り、十王堂を建てました。

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  十王堂

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そして、義経と浄瑠璃姫の木像を作り、義経が姫に贈った薄墨の笛、姫の鏡とともに堂内に安置したといいます。

2005年に浄瑠璃姫と義経のウォーキングに参加した時に、その寺宝を見せていただきました。

   義経と浄瑠璃姫         義経と浄瑠璃姫の木像

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義経の薄墨の笛

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浄瑠璃姫の墓

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浄瑠璃姫伝説を追って(7)光明院浄瑠璃寺

浄瑠璃姫が、平家の目を逃れ、隠れ住んだところに建つ寺院で、通称・浄瑠璃寺と呼ばれます。

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元は岡崎曲輪(くるわ)付近にあったといいます。

浄瑠璃姫の父・兼高長者が瑠璃光山安西寺を開いたのが始まりで、後に光明院浄瑠璃寺に改称したとされました。

義経と浄瑠璃姫の画像と、浄瑠璃姫の守本尊である尊薬師如来が安置されています。

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2005年に来た時には、義経と浄瑠璃姫の幟が立っていたのですが・・・

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今では、岡崎観光協会のおすすめコースからも、「浄瑠璃姫伝説」は外されててしまったようです。

どうしてでしょうね?

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浄瑠璃姫伝説を追って(6)岡崎公園の浄瑠璃姫の墓

国道一号線沿いの岡崎公園大手門に入る手前の左側にも「浄瑠璃姫の墓」が残っています。

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なぜここにも?

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岡崎城天守閣の北に、浄瑠璃姫が幽閉されたとというところがあるそうなのです。

そこが現在どこに当たるのかわかりませでしたが。

また、浄瑠璃姫の墓の前には、三河国額田郡生まれの歌舞伎役者「初代市川団蔵の碑」があります。

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浄瑠璃姫伝説を追って(5)成就院の浄瑠璃姫の墓

浄瑠璃姫の菩提を弔うために、侍女の十五夜は、冷泉という尼になり、浄瑠璃姫が身を投げた淵の川岸に庵室を結び、冷泉寺としました。

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後にこの地に竜沢永源が、浄瑠璃姫の供養のため、創立したのが成就院とされています。

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境内の墓地には浄瑠璃姫の墓、 侍女・冷泉の墓、穴観音、足跡岩があります。

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浄瑠璃姫伝説を追って(4)安心院

岡崎の安心院の創建は寿永年間(1182~83)、義経浄瑠璃姫の菩提を弔うため開いたのが始まりと伝えられています。

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義経の念持仏で浄瑠璃姫が賜ったと伝わる十一面観世音菩薩坐像を安置しています。

当初は妙大寺という七堂伽藍が立ち並ぶ大きな寺でしたが、戦火により衰退し、今では本堂と庫裡を残すのみです。

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案内板によると、文安5年(1448年)に成瀬国平が大檀那になってこの寺を建立、木像の釈迦如来像を寄進し、以来成瀬家の菩提寺になったとのことです。

境内には、芭蕉の句碑もあります。

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