美福門院

高野山を訪ねて(12)鳥羽天皇皇后陵

不動院の参道を進んでいくと、鳥羽天皇皇后陵が左手にあります。
 
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不動院に紺金泥阿弥陀経、阿弥陀三尊を治められた美福門院(藤原得子)のご遺命によりこちらに埋葬され、丸山御陵と称して以来、当院が供養奉仕をしているのだそうです。
 
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得子は平治の乱の収束を見届けた後、永暦元年(1160年)11月23日、44歳にして白河の金剛勝院御所において崩御。遺令により遺骨は高野山に納められた。この時、女人禁制である高野山ではその妥当性が問題になった。(Wikipediaより)
 
不動院は、不動明王を本尊とし、延喜7年(906年)済高大僧正が西谷に開基した12ヶ院のひとつです。
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山階宮家菩提寺としても知られています。
 
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こちらの宿坊は、特に外国人観光客から人気があるそうですよ。

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高野山を訪ねて(2)六角経蔵

金堂の南西の六角経蔵は、平安時代末期、美福門院鳥羽法皇の菩提を弔うために紺紙に金泥で浄写された紺紙金泥一切経を納めるために、平治元年(1159)に建立されました。

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この紺紙金泥一切経は、美福門院がその持費として紀州荒川の庄を寄進されたことに由来して、荒川経とも呼ばれるようになり、六角経蔵は、別名「荒川経蔵」といいます。

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何度か火災に遭ったため、現在の塔は昭和9年(1934年)の再建です。
基壇付近に取っ手があり、時計回りに一周すると一切経を読んだのと同じ功徳を得られるといいます。

一方で美福門院は高野山に深く帰依しており、この経蔵に納める一切経のため、紀州荒川の荘園を高野山に寄進しました。このことから、六角経蔵は「荒川経蔵」とも呼ばれています。 

この経蔵に納められた紺紙金泥一切経は、重要文化財として、現在、高野山霊宝館に収蔵されています。

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