北条氏

2015年7月14日 (火)

三島の旅(15)北条氏邸跡(円成寺跡)

守山西公園入口に「北条一族のふるさとと寺院」という案内板があります。

Img_9518


北条氏邸跡がある守山は、北条氏の本拠地で鎌倉時代に伊豆北條と呼ばれていました。

守山の東側には、願成就院が建てられ、北西側の谷の内部には館が建てられました。

元弘2(1333)年、鎌倉幕府の滅亡後、北条一族の妻や娘たちは鎌倉から韮山に戻ると、邸宅跡に、一族の円成尼が中心となって、北条氏の冥福を祈るために円成寺を建てました。

平成4年~5年の発掘調査では、平安時代末から鎌倉時代はじめにかけての大量の出土遺物とともに建物跡が発見され、北条氏邸があることが確認されました。

Img_9519 Img_9520

北条氏邸跡は、北条氏が鎌倉に本拠地を移すまでの館跡と、円成寺跡が発見され、国指定史跡に指定されました。北条氏邸跡は今後、史跡公園整備が計画されており、発掘調査が進められています。(伊豆の国市HP参照)

史跡 北条氏邸跡(円成寺跡)

北条氏邸跡は鎌倉幕府の執権として活躍した北条氏の館があった場所です。狩野川の東岸にある守山の北西部の小さな谷になっているところです。ここを含めて伊豆北条と呼ばれた一帯(現在の寺家・四日町付近)は、平安時代末期から鎌倉時代にかけて北条氏の本拠地であった場所です。北条氏邸跡は武士の地方での生活を知ることができる遺跡としてきわめて重要なのです。
 1333年、鎌倉幕府の滅亡後、北条一族の妻や娘たちは鎌倉から韮山に戻りました。そして、一族の中の円成尼という女性が中心となって、邸宅の跡に寺院を建て、北条氏の冥福を祈ったのが円成寺です。円成寺は室町時代にも尼寺として続き、上杉氏の一族の女性が尼として入っていたことがわかっています。
 現在の発掘調査では円成寺に関連する池や溝が見つかっています。
(案内板より)

応援のポチッのご協力お願いします。

にほんブログ村 歴史ブログ 歴女・女性歴史ファンへ
にほんブログ村


偉人・歴史人物 ブログランキングへ

 

2015年7月 3日 (金)

三島の旅(14)伝堀越御所跡

伝堀越御所跡は、伊豆の国市寺家にある「堀越公方」と呼ばれた足利政知の御所があったと伝えられる場所です。

Img_9476

室町時代の後半、関東地方は、京都にある室町幕府に従う勢力と対抗する勢力とが激しく争っていたため、足利義政が、直接関東地方を支配しようと、長禄元(1457)年、鎌倉公方として兄の足利政知を派遣しました。しかし、政知は戦乱のため鎌倉まで行くことができず、韮山の堀越の地に館を構えました。そのため、政知は「堀越公方」と呼ばれました。しかし、政知の死後、この御所は、明応ニ(1493)年に北条早雲によって滅ぼされてしまいました。

堀越公方の御所は成福寺辺りにあったとされ、旧北条氏邸の一部が利用されていたと考えられています。

Img_9474 Img_9475


発掘調査によって、池跡や遣水、建物跡が見つかっています。

現在は、更地となっており、説明看板があるのみです。

国指定史跡  伝堀越御所跡
      
所在地 静岡県田方郡韮山町四日町及び寺家地区
      指定年月日及び面積
昭和59年10月8日指定    14083.05平方メートル
昭和62年9月8日追加指定 13130.94平方メートル
総指定面積          27213.99平方メートル

指定理由
20回に及ぶ発掘調査で発見された園池(庭園内の池)や、中国から輸入された高級な焼き物などから、鎌倉時代の北条氏の屋敷跡に、室町時代の堀越御所がつくられたことがわかりました。このことから、日本の中世(鎌倉・室町時代)の歴史を物語る重要な遺跡ということで、国の史跡に指定されました。

      守山を中心とした中世遺跡
伝堀越御所跡周辺には、史跡願成就院跡をはじめとして中世の寺院群や、御所之内遺跡(一部は北条氏邸跡として国指定)などの遺跡群が連なっています。この近くには、伝北条政子産湯の井戸、御所の庭にあったと伝える七つ石などが存在しています。

      史跡公園に向けての構想
町では、このような重要な史跡を皆さんに開放して、郷土の歴史を再発見し、歴史の町・韮山町に誇りをもっていただけるよう、史跡公園とする構想をたてています。
現在、土地の買い上げを進めていますが、終了しだい発掘調査を実施し、その結果をもとに復元・整備をして史跡公園としていく予定です。 
      
平成8年3月  韮山町・韮山町教育委員会

応援のポチッのご協力お願いします。

にほんブログ村 歴史ブログ 歴女・女性歴史ファンへ
にほんブログ村


偉人・歴史人物 ブログランキングへ

 

2015年6月13日 (土)

三島の旅(12)北条氏ゆかりの寺 成福寺

伊豆の国市の成福寺は、鎌倉幕府8代執権北条時宗の第3子・北条正宗(幼名・満市丸)が、正慶2年・元弘3年(1333年)、北条氏一族の菩提を弔うために、この地に建立したのが始まりで、正宗の長子・宗仁がこれを修造して成福寺としました。

Img_9463 Img_9464

Img_9465


本堂北側には北条氏一族の供養塔があります。                                             

Img_9468_2 Img_9469_2


左から北条時宗、正宗の母、北条正宗の墓

Img_9466 Img_9470

Img_9467

境内には、200種、300鉢の花蓮が栽培されていて、蓮の寺としても知られています。

応援のポチッのご協力お願いします。

にほんブログ村 歴史ブログ 歴女・女性歴史ファンへ
にほんブログ村


偉人・歴史人物 ブログランキングへ       

2006年9月 3日 (日)

明月院(1)

明月院は、源義朝と平清盛の争い・平治の乱で戦死した首藤刑部大輔俊道の供養のため、子の太夫山ノ内経俊が1160年、明月院の前身として創建しました。
その後、北条時頼がこの地に最明寺を建立。
時頼の死後、時宗が最明寺を前身に禅興寺を創建。
1380年、上杉憲方が禅興寺の中に塔頭明月院を建て、明月庵は明月院となりましたが、明治に入り、禅興寺は廃寺になり、明月院のみが残りました。2_c_6 3c_15

FC2ブログランキング参加中!

投票にご協力お願いします⇒FC2 Blog Ranking

2006年8月28日 (月)

成就院(2)

弘法大師ゆかりの地に建つ真言宗の寺院。
北条泰時が一族の繁栄を願い、1219年に創建した。
本尊に安置される不動明王は縁結びのご利益があるという。
新田義貞の鎌倉攻めで焼け落ちてしまったが、江戸時代に再建された。
紫陽花だけでなく、境内の像も楽しめます。

弘法大師修行像 不動明王像12c 11c_4 7c_3 Ajisai7c_1

FC2ブログランキング参加中!

投票にご協力お願いします⇒FC2 Blog Ranking

2006年8月26日 (土)

宝戒寺(2)

秋になると白萩が美しく咲くことから「萩寺」とも呼ばれています。
境内には他にも枝垂れ梅、椿、桜、白彼岸花など、特に白い花が綺麗に咲くといわれています。これは源氏の旗色が白いことに関係してるようです。C_111 C_112

FC2ブログランキング参加中!

投票にご協力お願いします⇒FC2 Blog Ranking

2006年8月25日 (金)

宝戒寺(1)

北条泰時がこの辺りに小町邸を建てて以来、北条一族が住んだ。
1333年、新田義貞による鎌倉攻めで、北条高時が東勝寺(現在、宝戒寺の南東に東勝寺跡がある)に火を放ち、870余名の北条一族が自害して果てた。
1335年、後醍醐天皇が北条一族を弔うために足利尊氏に命じ、この北条氏の邸跡に宝戒寺を建立させた。
本堂には国の重要文化財に指定さfれている本尊の木造地蔵菩薩像が安置されている。C_110

FC2ブログランキング参加中!

投票にご協力お願いします⇒FC2 Blog Ranking

2006年8月22日 (火)

若宮大路幕府跡

北条政子の死後、1225年、泰時が幕府を宇都宮辻子幕府に移し、大蔵幕府を廃止した。
その後11年で若宮大路に戻し、1333年、新田義貞に滅ぼされるまでこの地で、北条氏による執権政治が行われた。また、親王屋敷とも呼ばれ、4代藤原頼経から9代守邦親王まで存続した。C_108現在、この 石碑は鶴岡八幡宮南側の住宅地の間にひっそりと立っている。

FC2ブログランキング参加中!

投票にご協力お願いします⇒FC2 Blog Ranking

2006年7月 8日 (土)

浄光明寺

始まりは、頼朝の発願で文覚上人が不動堂を建てた。そのお堂には、文覚上人が京都から背負ってきたという平家討伐祈願のための不動明王が祭られていた。
1251年に北条時頼と北条長時が再建し、南北朝から室町時代にかけ幕府に保護された。

FC2ブログランキング参加中!

投票にご協力お願いします⇒FC2 Blog Ranking

1c_20 2c_21 6c_6

2006年4月30日 (日)

伊豆韮山(5) 成福寺

韮山駅のすぐ西側に北条氏ゆかりの寺、成福寺(じょうふくじ)がある。ここは、北条時宗の第三子の正宗が一族の菩提を弔うために創建した。

境内には一族の供養塔がある。

B_20B_23B_22B_211b_6

その他のカテゴリー

イベント 三浦義村 丹後局 亀井六郎 京菓子 仁田忠常 今井兼平 今若(全成) 伊東祐親 伊東祐隆 佐竹義重 佐藤継信・忠信 俊寛 八条女院 八重姫 六代御前 北条政子 北条時房 北条時政 北条氏 北条泰時 北条義時 北条長時 千葉氏 土佐坊昌俊 堀河天皇 大姫 大庭景親 大河ドラマ展 安徳天皇 安達泰盛 富樫泰家 小督 尼御前 山吹御前 崇徳院 嵯峨天皇 巴御前 常盤御前 平宗盛 平康頼 平忠度 平忠盛 平敦盛 平時子(二位尼) 平時忠 平景清 平業盛 平清宗 平清盛 平盛俊 平知盛 平知章 平経正 平維盛 平親範 平道盛 平重盛 平重衡 平頼盛 建礼門院 弁慶 待賢門院 後嵯峨天皇 後白河天皇 後醍醐天皇 後鳥羽上皇 文覚上人 斉藤実盛 日蓮 曾我兄弟 木曽義仲 松尾芭蕉 梶原景季 梶原景時 比企氏 法然上人 浄瑠璃姫 清和天皇 渡辺綱 湛増 源実朝 源平グッズ 源朝長 源満仲 源為義 源範頼 源経基 源義光 源義家 源義朝 源義経 源頼信 源頼光 源頼家 源頼政 源頼朝 源頼義 滋賀のイベント・観光情報 滝口入道・横笛 熊谷直実 熊野御前 畠山重忠 白河天皇 祇園祭 祇王・祇女・仏御前 美福門院 義経ゆかりの地を訪ねて 藤原師長 藤原秀衡 袈裟御前 西行 近江路・歴女ブロガーの旅紀行 近衛天皇 那須与一 金売り吉次 長田忠致 阿古屋 阿波内侍 静御前 順徳天皇 高倉天皇 鬼一法眼 鳥羽天皇

2024年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

カテゴリー

無料ブログはココログ