静御前

辰巳八幡神社 「静なごりの橋」の碑

続いては、尼崎の辰巳八幡神社です。

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旧社伝に宇佐八幡宮よりの勧請であるとされ
応永26年 (1419年) 日隆上人が日蓮宗 本興寺を当社地内に開基されたと寺伝にあり
境内に現存する 青面金剛童子碑台石の文保3年 (1319年) の年号も
当社創建の古さを物語るものであらう
昭和20年 第2次世界大戦の戦火に罹り焼失し、現在の社殿は昭和32年に復興されたものであり
旧氏子町は辰巳町と稱え東大道町 西大道町 北浜町 東渚町 西渚町 南浜町 末広町の7町で構成されたいた(案内板より)

静なごりの橋」碑

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境内に、義経が大物から四国に渡るとき、静御前と名残りを惜しんで別れたという橋の碑があります。

この碑は元々は大物主神社にあり、こちらに移されたそうです。


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静供養塔(白沙村荘)

銀閣寺参道の近くにある白沙村荘は、画家の橋本関雪が大正5年に造った邸宅です。
池を取り囲むようにある広大な庭園には、あちこちに平安時代からの灯籠や石造物が置かれ、入り口付近では静御前の供養塔と伝えられる国内現存最大の国東塔があります。

銀閣寺の参道の賑やかな感じとは対照的に、とても心の落ち着く緑のオアシスでした。
庭園奥のギャラリーでは関雪の作品を見ることができます。 Img_4208_c Img_4230_cImg_4204_c_2 Img_4205_c_2

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伏見稲荷大社

歌舞伎「義経千本桜」の中の二段目「鳥居前」の舞台となった伏見稲荷大社。

「鳥居前」は、都落ちした義経が、伏見稲荷大社の鳥居前で静御前に別れを告げる場面が描かれています。
義経は静と別れる際、後白河法皇から授かった「初音の鼓」を形見として静かに手渡します。ここに、初音の鼓の皮にされた母狐を恋しく思い、人間の姿・家臣の佐藤継信に化けた子狐が現れ、静を助けとなります。

全国にある稲荷大社の総本社であり、広い境内の中で祠や塚を参拝しながら山道をめぐる「お山めぐり」(約2時間)ができます。
私は鳥居が連なる「千本鳥居」の途中までで戻って来ました。Img_3164c Img_3167c Img_3169c Img_3174c

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静御前の衣装 水干

水干は、庶民、下級官人、武士が着た上衣で、水張りにして干した布のいうことが名前の由来になっている。盤領(あげくび)で首上についている紐を合わせて結ぶ。袖付、奥袖の縫い目、胸に菊綴がつく。
鎌倉時代以後は、公卿は鷹狩、蹴鞠のとき以外は幼年の用いるものとし、武家は礼装に使った。
男子の正装であるが、白い水干に緋袴は男舞を舞う白拍子の衣装の特徴とされた。
正装のときは、立烏帽子をかぶった。立烏帽子は本来、男性が普段かぶるもので、上皇や位の高い公卿、武士まで幅広い層で用いられた。C_163

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鶴岡八幡宮(11)静桜

静御前の終焉の地とは、全国に何箇所もあるそうで、静がどこで亡くなったかはっきりしていない。その中のひとつである福島県郡山市が、八幡宮境内に桜の苗木を植樹して、傍らに「静桜・静御前の終焉の地・福島県郡山市」と書かれた碑を建立した。C_84 C_85

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鶴岡八幡宮(10)舞殿

舞殿は、石段の下から本宮を参拝する場で下拝殿とも呼ばれ、毎年4月の鎌倉祭では、静の舞が披露される。

義経と別れ、吉野で捕らえられた静は、鎌倉へ送られてきた。
「日本一の白拍子」としといわれる静の舞をぜひ見たいという頼朝・政子の要望に応え、1186年4月8日、静は義経を想いながら、
「しづやしづしづのおだまき繰り返し 昔を今になすよしもがな
 吉野山峰(よしのやまみね)の白雪踏み分けて 入りにし人の跡ぞ恋しき」
と舞と歌を披露した。
これを見た頼朝はひどく立腹したが、政子のとりなしでどうにかおさまったという。

当時はまだ舞殿がなく、静が舞ったのは若宮の回廊とされている。

*現在、舞殿は修復中で、舞殿の絵のシートが被せられていました。

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義経の逃避行(8)吉水神社

静御前の舞の衣や鎧。(静の衣の公開は春のみ)

静も鎧を持っていたのには驚いた。いざという時は戦う覚悟があったのだろう。

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神泉苑

義経と静御前が初めて出会った場所といわれる庭園。静が雨乞いの舞を舞い、その姿を義経が見初めたという。(京都市中京区御池通)

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