2005年10月17日 (月)

赤間神宮(5)

境内には8歳で関門海峡に入水された安徳天皇の墳墓があります。(写真左)安徳天皇の遺体は、合戦の翌日、漁の網に引き上げられ、安置された後、葬られたといわれています。

私はこの絵と同じ絵馬を買いました。 (写真右)b b

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2005年10月14日 (金)

赤間神宮(2)

海に沈んだ安徳帝を祀る本殿は、竜宮を表しています。

「源平盛衰記」によると、後白河天皇から海に沈んだ三種の神器のひとつである宝剣を探すように命じられた義経は海人に潜らせて探させたが見つからず、次のように報告しました。海底には龍宮城があり、その奥に安徳帝を抱いた大蛇がいて宝剣をくわえていた。これは龍宮城の宝物だから渡すことはできないと。

赤間神宮が竜宮城の形をしているのは、こんなエピソードを含んでいるのかもしれません。3b 6c_5 5c_1  

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2005年10月13日 (木)

赤間神宮(1)

壇ノ浦の合戦から間もなく、安徳帝が沈んだ関門海峡のほとりに阿弥陀寺というお寺が建てられましたたが、明治になって赤間神宮となり、安徳天皇を祭神としていますb2b 11c_2

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2005年10月12日 (水)

みもすそ川公園(3)

公園には安徳帝御入水之碑(平清盛の妻・時子は孫の安徳帝を抱き、海へと身を投げました)が、公園近くの旅館の庭には、安徳天皇と二位尼時子の像があります。b 1b

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