比企氏

2006年8月11日 (金)

妙本寺(2)比企一族の墓

妙本寺の境内には比企一族の墓と一幡の袖塚がある。

一幡
・・・頼家の嫡男で、母は若狭局(比企能員の娘)
北条時政は、娘・政子と組み、頼家を亡き者にし、千幡(後の実朝)を次期将軍に立てようと画策。
1203年、頼家が病気になると、時政は一幡に関東二十八区に地頭職と日本国総守備職を、実朝には関西三十八国地頭職を相続させた。 
これに不満を抱いた比企能員は、頼家と組み、北条氏を打倒することを決意。
しかし、このことが時政の耳に入り、時政は能員を自宅に招き、殺害。
続いて北条氏は比企谷の比企一族の屋敷を襲撃。一族は一幡を守ろうと防戦したが、屋敷に火が放たれ、母とともに焼死した。後で焼け跡から一幡の袖が見つかったという。一幡はその時、わずか6歳であった。
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2006年8月10日 (木)

妙本寺(1)比企一族ゆかりの寺

この辺りは比企が谷といい、鎌倉時代には比企一族が住んでいた。
しかし、比企一族は、1203年、北条氏に滅ぼされてしまう。
唯一、京都にいて難を逃れた比企能員(よしかず)の子・能本(よしもと)が一族の菩提を弔うために、1260年、妙本寺を建立した。

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