富樫泰家

2006年10月 8日 (日)

北陸の旅(22)安宅住吉神社 関之宮

安宅神社には「勧進帳」の安宅の関の場面での義経と富樫を祭って建てられた小さなお堂があります。

左・富樫 右・義経C_151 C_152

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2006年10月 1日 (日)

北陸の旅(15)勧進帳ものがたり館①

関所資料館がリニューアルして2005年にオープンした。

入り口を入ると弁慶のほら貝がお出迎え。
まずは「義経弁慶発見ゾーン」から。
ここでは、義経一行がなぜ安宅の関を通らなければならなかったのかを年表で説明してあります。絵本仕立てになっているので、子供でも読めますよ。
義経人形と弁慶人形が両脇に立ったスペースで写真撮影が出来ます。C_134 C_135C_139  C_136 C_137

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2006年9月30日 (土)

北陸の旅(14)勧進帳の物語

頼朝に追われる立場となった義経は、かつて世話になった奥州・平泉の藤原氏を頼ろうと旅立つが、これを捕らえようと頼朝は各地に関所を設けた。
1187年、山伏姿に変装した義経主従一行は安宅の関に到着。怪しいと感じた安宅の関守・富樫康家は東大寺復興勧進のため諸国を廻っているという弁慶に勧進帳を読ませる。何も書かれていない勧進帳を弁慶は見事に読み通した。しかし再び義経本人に疑いがかかると、すかさず弁慶は金剛杖で義経を何度も打ち据えた。
富樫は義経一行と気付いていながらも、弁慶の忠誠心に心を打たれ、関所を通したのであった。

この話は歌舞伎「勧進帳」、能「安宅」として演じられています。

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2006年9月29日 (金)

北陸の旅(13)安宅の関 弁慶・富樫・義経像

北陸の旅のメインである「安宅の関」にやって来ました。

銅像の説明によると、弁慶・富樫の銅像は、歌舞伎役者の七代目・松本幸四郎、二代目・市川左団次をモデルとし、昭和41年に彫刻家・都賀田勇馬氏により、義経像はその子息である都賀田伯馬氏によって製作されました。三体の銅像が親子二代に亘って完成されたわけです。

義経         弁慶        富樫2c_39 2c_40 2c_41

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