三嶋神社
正林寺へ向かう坂の途中にある三嶋神社。
元々は大きな神社だったようですが、地域開発のために境内を手放さなければならなくなったということで、今はマンションの裏側に小さな祠と案内板がひっそりと残っています。
案内板によると、
後白河天皇の中宮・建春門院が皇子のないのを憂い、摂津の三嶋神に祈願したところ霊夢を感じ、後の高倉天皇をお生みになりました。
後白河天皇は深く三嶋神を崇敬され、時この辺りの邸宅を構えていた平重盛に命じて社殿を造営させ、三嶋大明神を勧請したことにはじまります。
以来、皇室の尊崇篤く、たびたび安産加護を祈願し、現在も安産の神として信仰されています。
祠の隣にあるのは揺向石(ようこうせき)といい、
1174年、義経が三嶋神社を参拝した際、夢の中に白髪の翁が現れ、「汝志久しく可からず、早々に奥州に下る可し」との御神託があり、夢から覚めてみると翁のいたところにこの石がありました。
以来、この石は揺向石と呼ばれ、妊婦が三嶋神社を参拝し、男子を授かることを祈願してこの石を撫でると、牛若丸のような立派な男の子が授かると伝えられています。
またこの辺りの地名は馬町といい、頼朝に献上するための馬をつなぎ留めた場所とされています。








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