2008年1月24日 (木)

三嶋神社

正林寺へ向かう坂の途中にある三嶋神社。
元々は大きな神社だったようですが、地域開発のために境内を手放さなければならなくなったということで、今はマンションの裏側に小さな祠と案内板がひっそりと残っています。

案内板によると、
後白河天皇の中宮・建春門院が皇子のないのを憂い、摂津の三嶋神に祈願したところ霊夢を感じ、後の高倉天皇をお生みになりました。
後白河天皇は深く三嶋神を崇敬され、時この辺りの邸宅を構えていた平重盛に命じて社殿を造営させ、三嶋大明神を勧請したことにはじまります。

以来、皇室の尊崇篤く、たびたび安産加護を祈願し、現在も安産の神として信仰されています。

祠の隣にあるのは揺向石(ようこうせき)といい、
1174年、義経が三嶋神社を参拝した際、夢の中に白髪の翁が現れ、「汝志久しく可からず、早々に奥州に下る可し」との御神託があり、夢から覚めてみると翁のいたところにこの石がありました。
以来、この石は揺向石と呼ばれ、妊婦が三嶋神社を参拝し、男子を授かることを祈願してこの石を撫でると、牛若丸のような立派な男の子が授かると伝えられています。

またこの辺りの地名は馬町といい、頼朝に献上するための馬をつなぎ留めた場所とされています。Img_2396 Img_2393 Img_2395

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2008年1月 3日 (木)

積翠園

みなさま、明けましておめでとうございます。
昨年はお世話になりました。
今年もしずかblogをよろしくお願いします。


さて、今年最初の記事は、
積翠園からです。

積翠園は平重盛(小松殿)の邸宅跡とされ、平家が都落ちする際、焼き払われてしましました。
その後、江戸時代に改修され、現在は東山武田病院内の庭園となっていますが、病院の受付を通れば無料で庭園を見学させていただけます。
庭園は左回りの回遊式庭園で、不治の薬などの宝物を積んだ船が港に停泊している姿を五つの岩で表現した「夜泊石」(よどまりいし)というのが庭園史上価値があるのだそうです。
また秋は紅葉が美しく、池には水鳥たちの姿もあり、こちらの病院の入院患者さんたちがこの庭を見て安らいでいるようでした。Img_2390c Img_2386c


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2006年11月23日 (木)

厳島神社(11)平重盛公お手植えの松

本殿の裏には、後白河法皇お手植えの松の他に、平重盛お手植えの松もあります。

平重盛・・・清盛の嫡男で宗盛、知盛の異母弟。
小松第に住んでいたため、小松殿と呼ばれていた。
保元・平治の乱では父に従い、清盛が福原に隠棲してから、
平家一門の頭梁として活躍した。清盛が息子達の中で最も信頼していたのだが、病のため早世した。C_179 C_180

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