今若(全成)

2007年4月13日 (金)

醍醐寺(1)今若と醍醐寺

春の京都へ行って来ました。
まずは桜で有名な醍醐寺から。

醍醐寺は、牛若の長兄である今若(後の阿野全成)が出家したとされるお寺です。
全成の評判はというと、あまり良くなかったようで、醍醐寺悪禅師などという呼ばれ方をしていたそうです。
その全成は、頼朝が挙兵したという知らせを受け、すぐに兄のもとへ向かいますが僧侶の立場から頼朝軍には入ることができず、武蔵国の長尾寺へ入りました。
その後、北条政子の妹の保子(阿波局)と結婚し、頼朝政権のもとで着実に地位を築いていきました。


※全成についてはこちらにも記事を載せてあります。
http://shizuka.cocolog-tnc.com/shizuka/cat7283712/index.html


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2006年4月15日 (土)

阿野全成(2)

全成の長男・時元も1219年、北条氏討伐の兵を挙げるが、あえなく敗北、時元は自害した。
全成・時元の墓は沼津の大泉寺にある。また大泉寺には全成の首が一夜のうちに阿野の地まで飛んで来て、松の木の枝に掛かったという伝説がある。

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2006年4月14日 (金)

阿野全成(1)

幼名は今若。幼い頃に京都の醍醐寺に出家させられ、全成と名乗ったが、頼朝が挙兵すると、京を抜け出し、頼朝のもとへ駆けつけた。その時、頼朝は涙を流して喜んだという。
その後、北条政子の妹・保子(後に実朝の乳母になる)と結婚し、頼朝のもとで着実な地位を築いていった。
頼朝の死後、北条氏の勢力が強くなる中、全成は北条氏討伐の兵を挙げたが、幕府に謀反の罪で常陸国に配流され、1203年6月、下野国で処刑された。享年51歳。
全成の首は阿野庄全成館に届けられたという。

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