2007年7月 2日 (月)

木曽義仲首塚

京のシンボルともいえる五重塔の八坂の塔は、聖徳太子が創建したという法観寺の境内に立っています。
その境内には木曽義仲の首塚と伝えられる石塔があります。

義仲は木曽山中で育ったため、木曽冠者とも呼ばれた。
倶利伽羅峠の戦いで平家軍を破り入京したが、乱暴狼藉を重ね、公家や京の人々の反感を買うことに。ついには朝廷とも対立することになる。
その後、征夷大将軍になり、自ら旭(朝日)将軍を名乗ったが、範頼・義経軍に攻め込まれ、近江粟津で討たれた。
義仲の首は六条河原に晒された後、この法観寺の境内に葬られたという。Img_0743c Img_0746c Img_0747c

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