源頼政

2022年10月26日 (水)

橋合戦と扇の芝


治承4年(1180年)5月26日、
源頼政以仁王を奉じて平家打倒に立ち上がり、平知盛・重衡軍を宇治川で迎え撃ちました。

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宇治川を挟んでのこの戦は、「橋合戦」と呼ばれ、以仁王軍は、橋の底板を外して敵の侵入を防ぎ、矢で応戦していました。

橋の上でも激戦が繰り広げられましたが、17歳の足利忠綱が宇治川の急流の宇治川に馬を乗り入れると、平家軍が一気に平等院へ押し寄せました。
渡河を許したため、頼政は宇治橋を捨てて平等院まで退きます。

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頼政は流れ矢に当たってしまい、もはやこれまでと家来の渡辺長七に首を討てと命じますが、長七は「生きている主人の首は討てません。

せめて自害してからにしてください。」と頼みました。

頼政は

「埋もれ木の花咲くこともなかりしに
身のなる果てで悲しかりける」

と辞世の句を残し、扇を広げてその上に座り、念仏を唱えて源頼政は自刃しました。

(「義経と平家の京都」参照)

宇治の平等院の観音堂の前に、芝が扇形になっている頼政終焉の地・扇の芝があります。

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頼政の介錯をした長七は、敵に奪われないように頼政の首級におもりをつけて宇治川に沈めたといいます。

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一方、奈良へ逃げた以仁王は、矢に当たって亡くなりました。

 

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2022年10月12日 (水)

源頼政ゆかりの鵺塚

大阪の都島にある鵺塚を紹介します。

 

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 旧沢上江村(滓上江村とも書く)母恩寺東北の野中に、『平家物語』に見える(ぬえ)を埋めたと伝える塚です。

 同書によれば、平安末期、近衛天皇を夜ごと悩ませていた怪鳥を源頼政が射落としたところ、頭は猿、胴体は狸、尾は蛇、手足は虎の姿で鳴く声は鵺(トラツグミ)に似ていたといいます。

 頼政は摂津源氏源仲政の長男で、保元・平治の乱に功をたて、後に以仁王を奉じて平氏追討を図り、破れて宇治で自殺した人物です。
 
 鵺塚はすでに江戸初期の地誌『芦分船』に紹介され、くり船に入れて淀川に流した鵺の死骸が、下流の浮洲に止まって朽ちた場所だと記しています。

 鵺塚は兵庫県芦屋市にも伝承地がありますが、「いづれも論ずるにたらん」(『摂津名所図会』)と江戸期の地誌類は否定的です。
(マップなびおおさかより)

 

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鵺とは

『平家物語』などに登場し、サルの顔、タヌキの胴体、トラの手足を持ち、尾はヘビで(文献によっては胴体については何も書かれなかったり、胴が虎で描かれることもある。また、『源平盛衰記』では背が虎で足がタヌキ、尾はキツネになっており、さらに頭がネコで胴はニワトリと書かれた資料も存在する。)「ヒョーヒョー」という、鳥のトラツグミの声に似た大変に気味の悪い声で鳴いた、とされる。一説には雷獣であるともいわれる。また、出現したのは一般には平安時代後期とされるが、平安時代のいつ頃かは、二条天皇の時代、近衛天皇の時代、後白河天皇の時代、鳥羽天皇の時代など、資料によって諸説ある。
(Wikipediaより)

 

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2022年10月 4日 (火)

赤羽八幡神社

赤羽八幡神社は、東京都北区赤羽台にある神社で、岩淵郷近隣5ヶ村(現在の赤羽地区)の総鎮守とされています。

784年(延暦3)に坂上田村麻呂が当地に陣を張り、3柱を勧請したことにより創建されたと伝えられています。

その後源頼光源頼政、太田道灌と太田一族により再興されました。

江戸時代には、赤羽根村 下村 袋村 稲付村 岩淵郷の総鎮守とされました。

 

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この急な坂道を登っていきます。

Img_4570_4 Img_4571

この階段を上っても行けます。

Img_4572

どちらにしても急な参道です(;゚ロ゚)

 

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2018年10月 6日 (土)

源頼光、源頼政ゆかりの赤羽八幡神社

赤羽八幡神社は、東京都北区赤羽台にある神社で、岩淵郷近隣5ヶ村(現在の赤羽地区)の総鎮守とされています。
784年(延暦3)に坂上田村麻呂が当地に陣を張り、3柱を勧請したことにより創建されたと伝えられています。
その後源頼光源頼政、太田道灌と太田一族により再興されました。
江戸時代には、赤羽根村 下村 袋村 稲付村 岩淵郷の総鎮守とされました。
Img_4568_2
この急な坂道を登っていきます。
Img_4570_4 Img_4571
この階段を上っても行けます。
Img_4572
どちらにしても急な参道です(;゚ロ゚)
Img_4573

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2012年11月25日 (日)

扇の芝と源頼政の墓

治承4年(1180年)5月26日、源頼政は以仁王を奉じて平家打倒に立ち上がり、平知盛・重衡軍を宇治川で迎え撃ちます。

20061212_265660

宇治川を挟んでのこの戦は、「橋合戦」と呼ばれ、以仁王軍は、橋の底板を外して敵の侵
入を防ぎ、矢で応戦していました。
橋の上でも激戦が繰り広げられましたが、17歳の足利忠綱が宇治川の急流の宇治川に馬を乗り入れると、平家軍が一気に平等院へ押し寄せました。
渡河を許したため、頼政は宇治橋を捨てて平等院まで退きます。

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頼政は流れ矢に当たってしまい、もはやこれまでと家来の渡辺長七に首を討てと命じますが、長七は「生きている主人の首は討てません。せめて自害してからにしてください。」と頼みました。

頼政は

「埋もれ木の花咲くこともなかりしに
身のなる果てで悲しかりける」

と辞世の句を残し、扇を広げてその上に座り、念仏を唱えて源頼政は自刃しました。

(「義経と平家の京都」参照)

宇治の平等院の観音堂の前に、芝が扇形になっている頼政終焉の地・扇の芝があります。

1c

頼政の介錯をした長七は、敵に奪われないように頼政の首級におもりをつけて宇治川に沈めたといいます。

一方、奈良へ逃げた以仁王は、矢に当たって亡くなりました。

平等院の不動堂の手前に頼政の墓があります。

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現在は、紫式部の像越しに宇治橋が見えます。

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2012年5月15日 (火)

鵺塚

大阪の都島にある鵺塚を紹介します。

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 旧沢上江村(滓上江村とも書く)母恩寺東北の野中に、『平家物語』に見える(ぬえ)を埋めたと伝える塚です。同書によれば、平安末期、近衛天皇を夜ごと悩ませていた怪鳥を源頼政が射落としたところ、頭は猿、胴体は狸、尾は蛇、手足は虎の姿で鳴く声は鵺(トラツグミ)に似ていたといいます。源頼政は摂津源氏源仲政の長男で、保元・平治の乱に功をたて、後に以仁王を奉じて平氏追討を図り、破れて宇治で自殺した人物です。
 鵺塚はすでに江戸初期の地誌『芦分船』に紹介され、くり船に入れて淀川に流した鵺の死骸が、下流の浮洲に止まって朽ちた場所だと記しています。鵺塚は兵庫県芦屋市にも伝承地がありますが、「いづれも論ずるにたらん」(『摂津名所図会』)と江戸期の地誌類は否定的です。(マップなびおおさかより)

Img_5919_c

鵺とは

『平家物語』などに登場し、サルの顔、タヌキの胴体、トラの手足を持ち、尾はヘビで(文献によっては胴体については何も書かれなかったり、胴が虎で描かれることもある。また、『源平盛衰記』では背が虎で足がタヌキ、尾はキツネになっており、さらに頭がネコで胴はニワトリと書かれた資料も存在する。)「ヒョーヒョー」という、鳥のトラツグミの声に似た大変に気味の悪い声で鳴いた、とされる。一説には雷獣であるともいわれる。また、出現したのは一般には平安時代後期とされるが、平安時代のいつ頃かは、二条天皇の時代、近衛天皇の時代、後白河天皇の時代、鳥羽天皇の時代など、資料によって諸説ある。
(Wikipediaより)

 
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2008年8月29日 (金)

頼政の鵺退治(3)

平安時代、二条公園を含む一帯は、天皇の住まいである内裏や、国家政治の中心である官庁街でした。
今でも二条城のそばにある二条児童公園に、鵺大明神の祠と、水はありませんが鵺池が残されています。その池で、頼政が退治した鵺の死体から抜いた矢じりを洗い、死体は手厚く葬られたといわれています。

公園では子供たちが楽しそうに遊んでいましたが、この鵺退治の話は知っているのかな?

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2008年8月21日 (木)

頼政の鵺退治(2)

頼政が放った矢は、見事に怪物に命中した。
急いで家来の一人がとどめとばかりに腰刀で怪物を刺し通した。
見ていた殿上人たちが、松明を照らしてみると、そこに横たわっていたのは、
頭が猿、胴体が狸、尾は蛇、手足は虎のような得体の知れぬ生き物で、鳴き声は、トラツグミのように「ひょう、ひょう」と叫んでいた。
これが
鵺の正体であった。
以来、正体のわからぬことを「ぬえ」といい、この怪鳥が住んでいたところが、東山の鵺の森であったという。
鵺が退治されて以来、天皇のご病気はすっかり良くなり、鳥羽天皇から頼政に、褒美として、
獅子丸という名剣が渡された。

ちょうどその時、ホトトギスが鳴きながら飛んで行ったのを見て、左大臣・藤原道長が、

「ほととぎす名をも雲井にあぐるかな」と上の句を詠んだ。
すると頼政は、即座に
「弓はり月のいるにまかせて」と返した。
これを聞いていた天皇は、「弓矢ならず歌道にもすぐれている。」と褒めた。

鵺の死体は、鵺の森近くに埋められ、それが、岡崎公園内にあった鵺塚だと伝えられていある。

鵺の想像図Photo

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2008年8月15日 (金)

頼政の鵺退治(1)

源頼光の曾孫である頼政は、歌が上手く、弓矢の術にも長けていた。
保元の乱、平治の乱でも功をあげたが、源氏だっただけに大した恩賞にもあずからなかった。
後に従三位になり、源三位入道と呼ばれることになる。
その頼政が50歳頃の話である。

ときの近衛天皇が、毎夜何物かに怯え、気絶することが度々あった。
宮中では僧に命じて祈祷させたが、症状は一向にによくならない。
公卿たちも心配し、天皇の様子がおかしくなる時によく見ると、東三条の森の方から黒い雲のようなものが立ちこめ、御殿の上を覆うと天皇が苦しまれることがわかった。
「これは物の怪に違いない」と
武士に任せることになり、選ばたのが頼政であった。

深夜2時頃、弓矢を持った頼政が待ち構えていると、噂通り黒い雲が東の方から御殿の上にたなびいてきた。
「出たな、怪物め!」
空を見上げると、雲の中に怪しい物がうごめいている。
頼政は、矢を取って「南無八幡大菩薩」と唱え、矢を一気に放った。

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2007年8月 2日 (木)

源頼政の墓

埋もれ木の花咲くこともなかりしに
身のなる果てで悲しかりける

と辞世の句を残して頼政は自刃した。頼政の介錯をした長七は、敵に奪われないように頼政の首級におもりをつけて宇治川に沈めたという。
一方、奈良へ逃げた以仁王も矢に当たって亡くなった。

平等院の不動堂の手前に頼政の墓があります。C C_2 1c_2

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